駄菓子屋大元(ダイゲン)。本当は「おおもと」と呼ぶ。
 小学校の近所にある駄菓子屋である。
 この禁断の場所に俺は今、立ち入ろうとしていた。 

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 木造作りの築50年は超えているであろう昭和初期の佇まい。
 入り口の壁や引き戸には、「ラムネ30円」「ヒカルル源氏アリ〼」「ビックリマン入荷」 などの張り紙が所狭しとと張られている。ヒカルル源氏とは、恐らく大人気アイドル「光GENJI」のことだろう。

 実は駄菓子屋ダイゲンの存在は前から知っていた。だが、買い食いが禁止されていた当時、この店は子供に悪影響を与える店として、PTAで利用禁止令が出ていた店だった。とはいえ、子供が大好きな駄菓子を初めとする、魅力的な商品が目白押しのこの店を使わない訳がない。俺の周りでは誰一人としてルールを守ろうとする者は居なかった。今の今まで使わなかったのは、恐らく妙な正義感があった俺ぐらいだろう。

 当時の俺は、ルールを守ることが一番正しいことだと信じて疑わなかった。
 良く買い食いしている同級生を見て、

「いーけないんだ、いけないんだ。せーんせいに、言ってやろ」

 と言って皆に煙たがれているような存在だった。

 そんな孤立気味の俺を積極的に仲間に入れてくれたのがたかっちょだった。
 だが、そんなお節介はいらなかった。だって悪いのはあいつらなんだから。俺は何も間違っていない! 正義は自分にあるんだ! そう俺は信じて疑わなかったのだ。

「駄菓子屋ダイゲン?! みんな、そんなところで買っているの?! いーけないんだ、いけないんだ! せーんせいに言ってやろ!」

 たかっちょから話を聞いた俺は、たかっちょを初めとするクラスメイトを激しく糾弾した。そんな俺を、皆は訝し気な表情で見つめる。

 まただ、またこの目だ。

 何言ってるんだこいつ。
 鬱陶しい奴だな。
 空気読めよ。

 そんな心の声が俺の耳に聞こえてくる。
 正しいことを言っているのは俺なのに。間違っているのはこいつらなのに。

「うわあああああああ!」

 いたたまれなくなった俺は、教室を飛び出した。

 そして今、俺は駄菓子屋ダイゲンの前に居る。SDガンダムのマグネットを手に入れるためだ。
 ルールは守らなくてはいけない。だが、SDガンダムのマグネットを手に入れないと、あの輪の中には入れない。なら、バレなければいい。どこかのコンビニで手に入れたことにして、俺がここを利用したことがバレなければいいんだ。
 すぐバレそうな嘘だが、ズル賢くなく短絡的な思考の俺は、そんなことを目論んでいた。所詮、子供の正義感なんてこんなものだ。

 キョロキョロと辺りを見渡し、誰も居ないことを確認してから俺は駄菓子屋ダイゲンの引き戸を開いた。

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「うわあ……凄いや」

 店内を見渡し、俺は感嘆の息を漏らす。
 そこには、所狭しと敷き詰められた大量の駄菓子やおもちゃが置いてあったのだ。子供の俺にとって、そこは異世界だった。暫くの間、俺は感動してその場を動けなかった。

「いらっしゃい……」

 店の奥から、しゃがれた声が聞こえてきた。
 見ると、白い割烹着に身を包んだ怪しい婆さんがゆっくりと近づいてくる。

「ひっひっひ。何をお探しかな?」

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⇒ 第5話に続く!